●今日はお花見。
●ニュースレターの読者の方限定で、エテイヤのリーディングをプレリリース。5名限定で、プレリリース特別価格で、練習台になってください!
●お花見の場所取りで早めに行くため、なにか読む用の本をと「大江健三郎自選短篇」を買って読んでいた。この著者は初めて読む。死と恥と性と感情と・・・!
●ゾ占いスプレッドをカードにしよう、というのと、先日ポラック追悼リーディングでタロットバイブルをやったのとで、またアイデアが。「スプレッド・タロット」。タロットバイブルは大アルカナ22枚の各カードのためにスプレッドがついている。そういう感じで、78枚にそのカードのためのスプレッドが書いてある、というタロットデッキはどうか。
サビアンのスプレッドも、あるシンボルのイメージと意味とをスプレッドに落とし込んだものなので、タロットのシンボルのイメージと意味をスプレッドに落とし込むこともできる。サビアンの方も、そのスプレッドでカードを引くことでサビアンシンボル自体への理解も進むし、タロットのあるカードに作られたスプレッドにタロットを引くことでそのカードについての理解が深まるのではないか。
●お花見で久々に「舞台芸術とタロット」の話を振られて、またその話をした。これはその二つに共通する目的を、タロットはよりローコストに、ダイレクトに実践できる、という話。舞台によって立ち上がる物語と、タロットによって立ち上がる物語は一緒・・・みたいな話。
この話はこれまで何度かしてきたものだが、今考えるとある意味では、自分が舞台に関わる仕事からタロットの仕事へ転職するとき自分自身を説得させるために考えたものだな、という気もしている。
タロットと舞台という、本来はまったく別のものの間になんらかの共通点や意味のつながりを探し出す、という行為。これは、あるシンボルと現実の事象、あるいはあるシンボルと別のシンボルの間になんらかの関連性を探していく、占いなどのシンボルワークでやっている作業と似ている。「なにかとなにかは似ている」という感受性がシンボルワークにとっては重要。
一方で、シンボルワークというよりは人生を生きる上では、なにかと別のなにかを無理に一緒くたにする必要はない、とも最近は感じてきた。それはそれ、これはこれ、と別々にやればいいじゃない、と。